200203EXオープン模試、いかがだったでしょうか。満足いく出来だった人、そうでない人…感想は人ぞれぞれだと思います。

さて、今まさにみんながやっている「勉強」。大人になって、社会に出たら、どんな風に活かされるものなのでしょうか。
実は先日、とある生徒からこのような質問を受けました。「学校や塾でやってる今の勉強って、大人になってから役に立つものなの?」ひょっとしたらみんなの中にも、同じような疑問を抱いたことがある人がいるかもしれませんね。
今日はそんな人たちに、一人の女性を紹介したいと思います。

今から約200年前、19世紀のイギリスに、鋭い知性で世間の常識を疑い、一人で闘った気高い女性がいました。
彼女の名は、フローレンス・ナイチンゲール。そう、おそらく世界で最も有名な看護師です。
みんなはナイチンゲールと聞いて、どんな女性をイメージしますか。「天使のような看護師」「戦場の兵士たちを看護した女性」などと答える人が多いと思います。たしかにそれも間違いではないのですが、ナイチンゲールが歴史に名を残した理由は、もっと別のところにあります。
彼女は、ただひたすらに看護に尽くしただけの女性ではありません。「事実としての正しさ」を見極め、大きな「課題発見」を成し遂げた女性だったのです。

ナイチンゲールは元々上流階級の生まれで、当時の常識では看護師という仕事は決して社会的評価が高いものではありませんでした。そんな中、彼女は周囲の猛反対を押し切り、看護師になるという道を選び、見事その夢を叶えます。
ちょうどその頃イギリスは、ロシアとオスマン帝国(トルコ)の間で勃発したクリミア戦争に巻き込まれていました。戦地では、医師や看護師が極端に不足していた状態。34歳のナイチンゲールは、看護師団を率いてクリミア戦争の戦地へと赴きます。

もし、このクリミア戦争への派遣がなければ、ナイチンゲールの名はほとんど誰にも知られないまま消えていたでしょう。さらには、看護師という仕事も、社会的地位が低いままだったかもしれず、現代人の平均寿命さえ今より短いままだったかもしれません。
いったい彼女は戦地で何を見て、何を考え、どんな行動に出たのか。ナイチンゲールがその本領を発揮するのは、ここからです。
ナイチンゲールが戦地で見たもの。それは、床が腐り、壁には汚れと埃がこびりつき、いたるところに害虫が這いまわる、あまりに不衛生な病院でした。さらに、医療器具や薬品、ベッドや石鹸、タオルなども不足している、とても病院と呼べない惨状です。
この戦地の病院で、ナイチンゲールは不眠不休で働き、最初の冬だけで2000人もの臨終に付き添い、重態の患者ほど彼女自身が看護にあたりました。そこで彼女はある「事実」に気がつきます。

戦場の兵士が死んでしまうこと。つまり戦死すること。この「戦死」という言葉を聞いて、みんなはどんな姿をイメージしますか。銃弾や砲撃にさらされ、深い傷を負い亡くなってしまう。そんな姿を思い浮かべるのではないでしょうか。少なくとも当時のイギリスの「常識」はそうでした。
ところが、ナイチンゲールが戦地で見た現実は、全く違います。戦場で負傷した兵士たちは、不衛生極まりない病院に送り込まれ、医療物資も生活物資も不足する中で、感染症に罹患することによって、結果として本来は助かったはずの命が失われていたのです。「戦場の兵士たちは、戦闘行為によって亡くなるのではなく、劣悪な環境での感染症によって亡くなっていた。」それがナイチンゲールの結論でした。

彼女は政府に対して「戦地の衛生状態を改善してほしい」と訴えなければなりません。しかしこれは、政府や陸軍に対して「あなたたちは兵士を無駄な死に追いやっている」と告発することでもあり、政治的なスキャンダルにも繋がりかねない話です。
恐らく普通のやり方で改善を求めても、認められないでしょう。そこでナイチンゲールが使った武器が、看護師に進む以前にずっと学んできた「数学」であり「統計学」だったのです。最初にナイチンゲールは、クリミア戦争における戦死者の死因を「感染症」「負傷」「その他」に分類し、月別に集計していきました。
その結果、例えば、1855年1月の場合、感染症による死者が2761人、負傷による死者が83人、その他の死者が324人というデータが集まりました。その後、彼女は「コウモリの翼」と呼ばれる独自のグラフを考案し、死因別の死者数を一目で分かるようにビジュアル化しました。当時はまだ、棒グラフも円グラフも普及していなかった時代。それでもたくさんの人にこの事実を理解してもらおうと、オリジナルのグラフまで作ったのです。
こうしてナイチンゲールは、ヴィクトリア女王が直轄する委員会に1000ページ近い報告書を提出し、どんな権力者であろうとも反論できない「客観的な事実」を突き付けたわけです。その結果、戦場や市民生活における衛生管理の重要性が知れ渡り、看護師という仕事が再評価され、感染症の予防にも大きく貢献していくことになりました。
もし、彼女が数学や統計学の素養を持たない、善良なだけの看護師だったなら、目の前の患者を助けることに精いっぱいで、医療体制や衛生管理の構造的な欠陥に気づくこともなかったかもしれません。また、仮に気づいたとしても、それを裏付けるデータがなければ彼女の意見に耳を貸す人はいなかったはずです。

戦場の兵士たちを救い、不衛生な環境に暮らす人々を救い、イギリスはもとより世界の医療・福祉制度を大きく変えていったのは、看護師としてのナイチンゲールではなく、統計学者としてのナイチンゲールだったのです。

さて、今やっている勉強が大人になって役立つのか。その答えはもう分かったはずです。君たちが今行っている1ページの努力を侮らないでください。その積み重ねが、新たなナイチンゲールの出現に繋がるのですから。