140630皆さん、7月7日は、何の日か知っていますか?そう『七夕』ですね。

七夕とは、「織り姫と彦星が1年に1度だけ出会うことができる日」というお話がある日ですね。一般的に知られているこの物語は、奈良時代に中国から伝わってきた神話と日本古来よりあるお話が結びついて出来たと言われています。

では、なぜ、「七夕」を「タナバタ」と呼ぶのでしょうか?
712年に作られた日本最古の歴史書である古事記には、「多那婆多(たなばた)」という言葉が、「織女(着物などを織る女性)」という意味で使われています。
昔は7月7日に着物などを織る女性が着物を織り技術の上達を願う乞巧奠(きこうでん)というお祭りが行われていて、そこで使われる織機が棚機(たなばた)と呼ばれていました。これが時代の移り変わりと共に、七夕へと変わっていったと言われています。

現在の形になって広まったのは、江戸時代に寺小屋(今でいうところの学校や塾のようなもの)の普及に伴って庶民にも広まるようになり、習字やそろばん、裁縫の上達を祈るようになりました。

こうして調べていくと、今の七夕の原型は、学業は、自分の仕事の技量の上達を願うことを祈るお祭りだったのです。

皆さんも、短冊に頑張りたいことを書いてみましょう。自分の目標は、紙に書くことにより、より強い目標へとなっていきます。紙に書くことにより、目標を達成するためのきっかけとなるのです。

もうすぐ、夏期講習会が始まります。能開の講習会では、自己新記録をめざす講習会となります。
自己新記録を達成しようとする皆さんにこの言葉を送ります。
『かつてない困難からは、かつてない革新が生まれ、かつてない革新からは、かつてない飛躍が生まれるのです。』
この言葉は、パナソニックの創業者である松下幸之助(よく神様と言われている人です)の言葉です。意味は、「人は経験したことのないことを経験すると、その先には必ず大きな前進がある。自分の許容範囲を超えた事態が起きると、誰もが真剣に考え始め、持てる能力を最大限に活用して動き始める」です。
実は、そんな時こそ自分を一気に成長させるチャンスなのです。
皆さんが自己新記録を達成していくために迎える困難は、様々だと思います。困難を自ら経験し、飛躍するチャンスに、この夏をしっかり活用してください。

さぁ、自分の目標をしっかり紙に書いて、気合を入れてこの夏のスタートを切っていこう!!

140623世間はすっかりワールドカップ一色ですね。
日本代表は厳しい状況ですが、選手たちのがんばりに、先生は勇気をもらっています。 

今回のW杯はブラジルで開催されていますが、実は日本でも開催されたことを知っていますか?

日韓ワールドカップといって、2002年に開催されました。日本でW杯が開催されるということで、ある出場国が試合前の『合宿』を日本の和歌山で行いました。

『デンマーク』という国です。北海道の半分くらいの大きさの小さな国です。
デンマークが和歌山を選んだ理由、それは日本の真ん中くらいで空港(関空)に近いから・・・それだけの理由だったらしいです。

和歌山の人々は、スター選手も少なく、どんな国かよくわからないデンマークの練習を、野次馬感覚で見に行ったそうです。
最初は数百人・・・。しかし、人数が増えていき、1日で2000人・3000人とどんどん増えていきました。その背景には、デンマーク人がめちゃくちゃフレンドリーで、サインや写真はもちろん、子ども達とサッカー教室なども開き、練習を非公開にする国が多い中、日本人との交流を大事にしました。

日本の礼儀にも関心を見せ、食事の際に、手を合わせ『いただきます』と『ごちそうさま』を行ったそうです。選手の中でも率先して、『いただきます』を行った選手がいました。
その選手の名前はトマソンといいます。

トマソンはある日、地元の人たちとの握手会である少年と出会いました。
その少年は握手せずに、もじもじしています。そして一枚の紙をトマソンに見せました。

『ボクは小さいころに、病気にかかって口と耳が不自由です・・・耳は聞こえません、話せません・・・だけどサッカーだけはずっと見てきました、大好きです。デンマークのサンド選手とトマソン選手が好きです、頑張ってください』

突然トマソンは手話でその少年に話し始めました。少年もその母親も後ろに並んでいるたくさんの人たちも驚きました。実はトマソンには少年と同じように耳が不自由な姉がいたそうです。

手話で会話するうちに、トマソンは少年に約束をします。
『君が自分の人生をがんばれるように、試練を乗り越えられるように心から祈っています。そして、ボクは君のために必ず1点獲ります。』

そのやり取りをみて、その場にいた人たちは涙を流したそうです。

デンマークの結果はというと、ベッカム率いるイングランドに負けてしまいましたが、トマソンは1点どころか4得点の大活躍だったそうです。

デンマークの選手達は試合後、再び和歌山を訪れ、パーティを開いたそうです。
地元に人がたくさん参加するなか、トマソンはあの少年を見つけました。

トマソンは少年に言いました。
『君には試練が与えられている。それは神が決めた事であり、今からは変えられない。
神様は君に試練を与えたけど、君にも必ずゴールを決めるチャンスをくれるはずです。そのチャンスを逃さず、ゴールを決めてください。』

君たちにも、さまざまな試練があるはずです。そしていろんなチャンスが与えられています。それは、普段の生活の中にあるかもしれない、この能開に通っている事がチャンスなのかもしれない。また、講習会や合宿の中でチャンスをつかむことができるかもしれない。

そのチャンスをつかみ、試練を乗り切るために、決して中途半端で終わらず、ゴールを決めてください。そうすれば、さらに上へ進むための新しい道を見つけることができるでしょう。

140616先生は、一度安土城址を見に行ってみたいと思っています。できれば、今月にでも…。

安土城をつくった織田信長は人間的な魅力にあふれています。肖像画などを見ると、西洋風の甲冑を身に着けて、華やかな人というイメージですが、基本的には彼の人生は不安の中で生きた50年だったと思います。すべてを否定しながら、ひたすら走り続けた。その信長がつくった城ですから、安土城は、さぞ華やかな城だったのだろうと思います。

信長のすごさは、柔軟性ではないでしょうか。
天下統一まで“ほぼ”ノーミスで行った男、それが信長です。
それを可能にしたのは、彼の限りなくやわらかい頭脳だったのではないでしょうか。
よく言われることに、
「信長は桶狭間の戦いで小兵力で大兵力を破る奇跡をおこしたが、その後は同じ手を二度と使っていない」
普通の人であれば、一度成功したら味をしめるものですが、信長はそうしなかったのです。
また、信長は「楽市楽座」をおこなっていますよね。
たとえば、物価が上がって庶民が困っている。普通の武将は「物価を下げよ」としか言えません。物価は自由競争をさせれば下がります。しかし、武将はそんなことは知りません。信長は違います。これを知っていたのです。そして自由競争を実現させたのが楽市楽座です。

これからの日本には強い責任感と、統率力を持った魅力的なリーダーが必要と思います。リーダーは人を束ねていかなければなりません、そのためには相当な覚悟と人間力が必要です。

はじめに信長は不安の中で生きた50年だったと言いましたが、先生なりに言えば、不安の中でこそ、ものごとは成しえるのかもしれません。生きた心地がしない、ちょっと大げさですが。そんな毎日だからこそ、まったく新しい感性が生まれてくる。「つくる」という行為には、常に苦しみがともないます。

勉強も同じで、1学期に光はなかなか見えないかもしれませんが、それでも光は自分で探さないといけないと先生は思います。

週1回のゼミで競争心と緊張感、そこから生まれる信長のような大胆な発想を感じ取ってみなさん1学期から夏へ、そして2学期へと進んで行って下さい。応援しています。

140602いや~、暑い日が続いていて、季節はすっかり夏ですね。
外を歩いているとあまりの暑さにフラフラになってしまいます。
なるべく太陽の光を直接受けたくないので、信号を待つときも街路樹の陰で待っています。
そんなときに、ふと青々と茂った葉を見上げると、先日聞いた話を思い出しました。

「植物には芽・花・実・葉・穂がありますね。顔にも目・鼻・耳・歯・頬があります。
目と芽、鼻と花、耳と実(み)、歯と葉、頬と穂(ほ)。
漢字で書くと別々のように見えますが、
同じ音を持つ言葉で呼ばれているのは偶然でしょうか?」

う~ん、確かに言われてみれば人間の顔のパーツに使う言葉も、植物のパーツに使う言葉も同じ音を持つ言葉ですね。
言われるまで気づきもしませんでした。とても偶然とは思えませんねぇ。

「じつは、古代の日本語(『やまとことば』といいます)では、「め」「はな」「み」「は」「ほ」のそれぞれの組み合わせは同じ語源なんです。

例えば、鼻と花。
鼻は顔の真ん中に突き出ています。
花は植物の枝先の先端に咲きます。
はなは「端」とも書き、「最初」や「先端」を意味します。
「はなから」や「しょっぱな」という言葉は聞いたことがあると思います。

「からだ」の「から」は「幹」で、手足は「えだ」と呼んでいたそうです。
今のように「手」と「足」と分けて呼ぶようになったのは奈良時代のことです。

このように、遠いご先祖様は人間も植物も同じものだと考えていたんですね。
全ては同じ生命であると。」

ほほ~っ!
たしかに、漢字はあとから中国より伝わってきたものですから、もともと使っていた古代の日本語に当てはめていったから「め」が「目」と「芽」に別れたんですね。

この話を聞いて、昔の人は本当に自然とともに生きていたんだなと思いました。
自然と向き合い、自然を感じ、自然を想って生活していたのですね。

今の君たちに「自然と向き合え」「自然を感じろ」と言っても、「そんな暇なんて無いですよ!」と言うかも知れませんね。
たしかに、1学期も折り返し地点を過ぎ、ゼミの内容は学校のはるか先を進んでいます。
全く学習していないテーマを、参考書を片手に必死になって予習しているわけですから、時間もかかって当然です。
完璧にできなくて悔しい想いをしている人も多いかも知れません。
でも安心してください。
能開は「くり返し学習」ですから、これからの夏期講習会や2学期のゼミでもう一度同じテーマを学習していきます。
そうしてくり返すたびに、力が伸びていることが実感できるでしょう。
予習の時間も短くて済むようになります。
時間と心にも余裕が出てきます。そのときにはぜひ自然を感じて欲しいですね。

ちなみに「み」は2つあるから「耳(みみ)」、「ほ」も2つあるから「頬(ほほ)」と呼ぶそうです。
なるほど。たしかに「め」も小さい子には「御目々(おめめ)」と言いますね。

140602「プラスはマイナスから書きはじめる」という言葉を聞いたことがありますか?
多くの人がプラスを書くときに、横棒から先に書いていると思います。つまり、横棒のマイナスに縦棒を加えて初めてプラスになるというわけですね。

「プラスはマイナスから書き始める」という言葉を考えると、書き方だけでなく、生活や学習にも当てはまる事が多いことに気が付きます。

たとえば、宝くじはお金を払って買わなければ当たらないし、クラブでは課題を見つけ厳しい練習を経て成果が出るし、学習では、弱点を見つけ長い勉強時間を使ってよい点数が取れたりしますね。

このように、いろいろなことの多くはマイナスから出発します。行動の中で、初めのマイナスは自分の弱点を認めそれをゼロに持ってく努力をすること。そして、未来の希望を思い描くことで、積極的な行動になりプラスの成果に結びつきます。

いま、この時期、学校のクラブの大会や定期テスト、能開では毎週の課題やオープンテストをはじめ、各種テストなど様々な行事の真っ最中だと思います。でも、それらから見つかった自分の課題(マイナス)は、今後の成果(プラス)になるものです。

いま、君たちが抱えている課題(マイナス)が、未来の成果(プラス)に繋げられるように、積極的に前向きに努めていきましょうね。