今日は少しだけ難しい話をしようと思います。生物の多様性についてです。多様性(たようせい)とは、簡単に言うと、「地球上には様々な生物がいて、それが生態系(地球の生物全体)を支えている」という意味です。

私たちが住む地球には、哺乳類などの高等動物から、アメーバなどの原生動物まで含めて 、1300~1400万種の生物がいると推定されています。まだ全てが確認されたわけではなく、私たちの知らない、想像もつかないような新種の生物が次々と発見されています。例えば深い海の底には、頭部が透明で脳みそすら透けて見えるような深海魚とか、有毒な硫化水素を食べて生息するバクテリアとか。生物の中には、熱に強いものや、乾燥に強いもの、ほとんど食事をとらなくても生きていけるものなど、多種多様な種類があって、それぞれが環境に適応して生きているのです。

この「多種多様な種類」というところが重要で、もし将来、地球の気候が大変動して、多くの生物が死滅することがあったとしても、きっとその厳しい環境にも耐えて生きのびる生物がいて(それがどんな生物か想像もつきませんが)、数百万年もすると、その生物から進化した新しい生態系ができるかもしれません。ちょうど恐竜が絶滅した後に、生き残った生物が進化して、やがて哺乳類など新しい生物が地球上に広がっていったように。

「多種多様」という表現は、私たち人間にもあてはまります。背の高い人、サッカーが得意な人、計算が速い人、思いやりのある人、リーダーシップの取れる人など、皆さんの周りにも色んな特徴をもった友だちがいるはずです。それを私たちは「個性」と呼びます。個性がたくさん集まることで、世の中は支えられているし、個性があるから人間であって、色んなタイプの人間がいて良いのです。他人をうらやましく感じる必要はないし、逆に相手を見下してはいけません。ダメな人間なんていないのです。大切なことは、人の役に立って、まわりの人を幸せにできるかどうか。そのためにどれだけ頑張ることができるかに、人間の価値があります。

皆さんも自分の周りの人を振り返ってみて、目立たないところで頑張っている友だちがいれば、ぜひ応援してあげてほしいし、小さなことでもいいから少しずつ頑張って、周りの人を幸せにできる人間になってほしいと思います。

『昨日から学び、今日を生き、明日へ期待しよう。大切なのは疑問を持ち続けることだ。』
(Learn from yesterday, live for today, hope for tomorrow. The important thing is not to stop questioning.)

この言葉を聞いたことがありますか!?
天才の代名詞としてよく引き合いに出されるアインシュタインの名言のうちの一つです。
先生も理系を専門に学ぶ人間として、よく聞かされてきた名前です。
アインシュタインの凄さに関しては、色々な逸話が残っています。例えば9歳で、ピタゴラスの定理(三平方の定理)を美しいと考え自力で証明を完成した話や、12歳で、微分積分学を独学で習得した話など様々です。ちなみに、微分積分学というのは、高校生が数学の授業で習う非常に難しい単元で、かの有名なエジソンは、生涯その考えを理解する事ができなかったと言われています。その難しい内容を日本でいう小6の内に独学で理解していたとは、天才と言われるのも納得できますね。

 ただ、アインシュタインは次のような言葉も残しています。
『私には特別な才能はない。ただ、情熱的に好奇心が旺盛なだけだ。』
(I have no special talent. I am only passionately curious.)

 つまり、必要なのは特別な才能などではなく、1つのことにどれだけ深く取り組むことが出来るかだと言っています。自分には、才能がないと嘆くのではなく、自分が興味の持てることに対して、好奇心を持って取り組む事が大切だと話しています。

さて、最初の言葉に戻ります。2月がスタートし、冬から入ってきた生徒もこれからいよいよゼミが始まっていきます。講習会と違って不安も多いのではないかと思います。ただし、大切なことは一つ一つの動作をきっちりとこなしていくことです。アインシュタインの言葉を借りると、昨日から学び(前回のゼミの復習)、今日を生き(しっかりと授業を受ける)、そして疑問を持って次の学習内容の予習をこなし、次回のゼミに備える。それが出来れば、明日へ期待しよう(次回の授業がしっかりと理解できる)という流れになります。
疑問を持つということは、わからないことに対して興味をもつということで、好奇心に繋がっていきます。先生達はみんなのそのような疑問にしっかりと答えられるように準備して待っています。だから、みんなも不安がらずにしっかりと予習に取り組み、色々なことに疑問をもって授業に臨んできて下さい。才能なんか重要ではありません。大事なことは多くの疑問(好奇心)をもって勉強に取り組むことです。さあ今日から改めてスタートしていきましょう!!

マラソン大会が好きな人っていますか。

先生はマラソン大会が大嫌いです。嫌いな理由はいくつもあります。まず、マラソン大会って、たいてい冬にありますよね。寒い中、白い息を吐きながら顔をゆがめて走っていました。「冬にする必要があるのか。」といつも思っていましたね。そして、マラソン大会って距離が長いことですね。その分時間もかかるわけですから苦痛を感じる時間も長いですよね。極めつけは、数日前から嫌な気持ちになることですね。「雨が降って中止にならないかな。」「当日、風邪をひかないかな。」と逃れる策をいつも考えていましたね。言うまでもなく元気に参加するわけですが…。

また、マラソン大会は、走っている途中でいろんな自分と出会いますよね。走っている時間が長いからいろんなことを考えます。急な上り坂で「走って越えるのはきついな、歩こうかな。」と甘える自分、きつい時に「腹が…足が…」と痛いフリをする情けない自分、他の人にどんどん追い抜かれていく時に「はは、みんな頑張るね。たかがマラソン大会なのに。」と強がる自分、ゴール直前で「最後ぐらいは順位を上げてやる!!」とスピードを上げる調子の良い自分。ずっと「リタイアしたい」と願う自分…。いろいろな自分と出会います。いろいろな自分と出会いながらも、最後はなぜか完走してしまいます。嫌々ながらも完走できるのは、きっと、リタイアすることが格好悪い、頑張って走っている人の姿が見えている、みんな同じ状況で頑張っている、ゴールで待っている友達や先生がいるなどという思いがあるからだと思います。スタートもコースもゴールもみんな同じだからこそ、最後まで頑張ってゴールを目指せるものなのです。

よくある話ですが、人生をマラソンに置き換えて考えてみましょう。
みんないろいろなことから、逃げようとしたり、言い訳したり、急にやる気を出したりしながらも前に進んでいますよね。その都度、いろいろな自分に出会っていると思います。マラソンには決まったゴールがあります。では、人生マラソンのゴールはどこだと思いますか。目の前の目標を達成した時がゴールではないですよね。「入試がゴールだ!」という人もいれば、「大学受験がゴールだ!」「就職することがゴールだ!」「夢を叶えることがゴールだ!」という人もいます。究極ですが「命つきるまで!」と言う考え方もありますね。一人一人ゴールの考え方が違うのです。

先生が思う人生マラソンのゴールは中学、高校、大学に合格した時でも、就職が決まった時でもありません。先生が思う人生マラソンのゴールとは「この先やり残したことがないと心から思えた時」だと思っています。当然、ゴールが変わればコースも変わってきます。人生マラソンは、普通のマラソンのように決まったコースをただ走っていれば必ずゴールに辿り着くものではないのです。人生マラソンのコースは一人一人違い、いろいろな場面で大きくコースが変わっていきます。

わかりやすい例をあげれば、受験ですね。受験の合否によって学校が変わるわけですから、コースが変わっていきますし、受験をするかしないかでも大きく変わりますよね。他に例をあげると、新学年の準備をして新学期を迎えるかどうか、部活でも習い事でも真剣に取り組むかどうか、目の前の宿題を真剣に取り組むかどうか、ものごとを計画的にやるかどうか、暗記する時に書いて覚えるのか見て覚えるのか。人生マラソンは、自分で楽なコースを選ぶことも、あえて厳しいコースを選ぶこともできます。今までに「あの時こうしておけば良かった」「やった方が良いのはわかっているけど…」と思うことが多々あったでしょう。そういう時は、長い目で考えてみるとうまくいきます。

例えば、二週間後に大きなテストがあるとしましょう。目先の遊びを優先してテスト勉強をしないのか、二週間後のテストにむけて勉強を始めるのか。2週間後に幸せな自分になれる方はどちらかわかりますよね。このように、その時は楽をしているほうが幸せでも、長い目で見た時に幸せではないこともあります。迷った時、選択を迫られた時は、1週間後、1ヵ月後、1年後、10年後に「この選択で幸せになれるのかな」と一度考えて見ましょう。人生マラソンの攻略法は、長い目で見た時に「こっちの方が幸せになれる!」と思ったほうを選んでいくことです。あなたはどういうコースを選んで前に進んでいきますか。

こんにちは。
新しい年が始まって早くも一月が経とうとしています。
一年というのは長いようで短いものです。
一年365日、12ヶ月、週でいえば約52週間です。
52週と聞いてあなたは長いと思いますか。
短いと思いますか。
先生は短いと感じます。
光陰矢のごとしという言葉がありますが、
時間の過ぎるのは速いもの、
一年はあっという間です。
皆さんも新しい学年になったと思ったらもう……、という感覚はないでしょうか。
古典に「邯鄲の夢」というお話があります。
中国の唐の時代に書かれた小説「枕中記」の故事の一つです。
手短に言うと、
趙の国に廬生という若者がいました。
廬生は、人生の目標も定まらず、故郷を離れ趙の都、邯鄲に赴きます。
そして、そこで出会った呂翁という道士に自らの身の不平を語ります。
すると呂翁は夢が叶うという枕を廬生に授けます。
廬生がその枕を使うと、
崔氏(唐代の名家)の娘と出会い結婚し、
科挙(官吏登用試験)に合格し、
出世を重ね京兆尹(首都の長官)となり、
夷狄を破って勲功をたてて栄進することができました。
しかし、時の宰相に嫉まれて端州の刺史(州の長官)に左遷されます。
そこで三年を過ごしますが、
再び召されて宰相に上り、
それから十年間、よく天子を補佐して善政を行います。
しかし、今度は突然、無実の罪で逆賊として捕えられます。
思い悩み自殺しようとしますが妻におしとめられます。
ともに捕まった者たちは皆、死刑になりますが彼だけは流罪になり一命を取り留めます。
やがて冤罪であったことが皇帝に知れ、
再び呼び戻されて手厚く寓されます。
五人の子も高官に上り、
十余人の孫を得て幸福な人生を送り、
多くの人に惜しまれつつ眠るように最期を迎えます。
そして、ふと目覚めます。
すると呂翁に出会った当日であり、
寝る前に火にかけた粥がまだ煮上がってさえいなかった。
というお話です。
人の栄枯盛衰は所詮、夢幻に過ぎないということを表す話として知られていますが、
先生はこの話を知ったとき、合わせて時間は過ぎてしまえば一瞬ということを強く思いました。
雑多な日常の中でつい日々に追われてしまいますが、
だからこそみんなには夢・目標、志というものを持って日々、過ごしてほしいと思います。
夢・目標、志というと大きなものを考えがちですが、
小さくとも自分が誇れる夢・目標、志であればいいと思います。
どんな夢・目標、志であっても自分の中から自然と出てきたものであれば本物だと思います。
もちろん大志を抱いている人は、
その実現を目指して驀進してほしいと思います。
話が少しそれましたが、
とにかく時間というのはたくさんあるようであっという間に過ぎるものです。
今年も十二分の一が終わろうとしています。
新年度のスタートももうすぐそこに迫っています。
夢・目標、志を持って、もしくは探して、
今を大切にがんばりましょう。

皆さん、今一番興味・関心があることは何ですか?スポーツについてでしょうか?歴史のことでしょうか?星のことについてでしょうか?さまざまなものがあると思います。
昔から「好きこそものの上手なれ」と言いますが、先生もそう思います。なぜなら、自分の興味・関心が深いものであればあるほど、その分だけ調べたり、練習をしたりしますよね。
先生は、勉強というのは、こうした興味・関心を自分の力で切り開くためのものだと思います。
今まで知らなかったことに出会う喜びというのは、何よりもまして貴重なものだからです。君たちのこれからは、さまざまなことに自分から積極的に目を向けることが求められるし、君たち自身の力にもなってくれます。
先生がいろいろなことに目を向けてみようと思ったきっかけとなった、1冊の本があります。その本のタイトルは「ウルトラマン研究序説」と言います。
表紙にはウルトラマンがかっこよく登場する写真がデザインされているので、最初にこの本に出会ったときには「ウルトラマンや怪獣の本なんだろう」と思い、何も考えずに読み始めました。
しかし、この本はとても難しい本だったのです。十数名の著者がいるのですが、この人たちは、有名な大学の先生ばかりで、自分たちの研究していることから、真剣にウルトラマンのことについて研究しているのです。
たとえば、ウルトラマンは人間の姿からウルトラマンとして巨大な姿に変身しますが、どうすれば人間(大体175センチくらいの男性)から40メートル以上の大きなウルトラマンになるのか、ということを「量子力学」という学問を利用して解明しようとした物理学者。人間の骨はカルシウムでできていますが、ウルトラマンという大きな姿になったときには、カルシウムでは支えきれないはずだから、ウルトラマンの骨は何でできているのだろう、と考えた医学者。ウルトラマンが怪獣を倒したあとに残る怪獣の残骸は、誰が片付け、どのように処分するのだろう、と考えた環境学者。ウルトラマンが壊してしまった建物やコンビナートは誰が弁償する責任があるのだろう、と考えた法律学者・・・などなど、テレビで見ていたら「かっこいい」で終わってしまったであろうウルトラマンには、さまざまな視点でみることができることを教えてくれました。
興味・関心の幅を広げるきっかけになることは、人それぞれです。本によってかもしれません。先生から聞いた話かもしれません。そこから、自分から「どうなっているのだろう」と調べてみることが、君たちの知識の幅やものの見方を大きく変えてくれます。
今君たちがやっている「勉強」は、そうした興味関心を広げるために必要な「やりかた」なのです。今やっていること一つ一つは決して無駄にならないのだと思い、日々一生懸命努力してください。

毎日寒い日が続きますが、この季節になると、先生はものすごくお風呂に入るのが楽しみになります。家のお風呂にのんびりとつかるのもいいんですが、たまに温泉に行くのも楽しいですよね。

日本は世界的に見てもとても温泉の多い国です。先生もいろいろな温泉に行ったことがありますが、その中でも大好きなのが大分県の別府温泉です。別府には街中に本当にたくさんの温泉があります。源泉の数が2,800ヶ所以上で日本の総源泉数の約10分の1を占めています(すなわち温泉の10個に1個が別府にあるということです)湧出する湯量も日量137,000キロリットルで日本最大の温泉地です。

温泉に入るという時には多分旅館やホテルをイメージするかもしれません。別府にもたくさんの旅館やホテルはあるのですが、あまりそういったところには行きません。

だって街中をブラブラ歩いているだけで温泉がいたるところにあるんです。地図を片手に探してもいいのですが、あえて何も持たずに歩くとさらに面白いです。だいたい地区に1つの温泉があります。みなさんの住んでいるところにも「公民館」がありますよね。その「公民館」が温泉になっているのです。だいたい二階建てで、一階が温泉、二階が公民館というタイプが多いです。だいたい公民館とポストと公衆電話がそろっているところに温泉があります。面白いでしょ。

地元の人しかいないようなところですが、お願いをすると温泉に入れてくれます。ものすごく安くて、ほとんどの温泉が100円で入れます。中には無料で入れるところもあります。その代わり中には浴槽がポツンと1つだけ。洗い場もありません。浴槽の周りに直接座って、洗面器で中のお湯をくみ出して体を洗います。

みんなで使う温泉なのでいろいろなきまりがあります。なんでこんなきまりがあるのか、考えてみてください。

・体を洗ってから、浴槽に入らなければなりません。
 →体をきれいにしないと、お湯がよごれるからですよね。これは当たり前ですよね。
・洗たくをしてはいけません。
 →お湯をたくさん使ってしまうからです。
・浴槽のふちに座ってはいけません。
 →お風呂に入るときに手でさわる場所なので、おしりをつけるのはやめましょう。ということです。
 これは別府に行ってはじめて知りました。座っていて怒られたんですよ。
・歯をみがいてはいけません
 →直接床に座るので、その横で口をゆすいだ水を「ペッ」とされるのは気分がよくないですよね。

みんなで使う場所だから、みんなが気持ちよくお風呂に入ることができるように。と作られたきまりなのです。

でも、実は一番のきまりは「あいさつをする」ことなのです。
最初入った時はびっくりします。なにせよそ者の先生にあいさつをしてくれるのです。お年寄りも若者も子どももみんなあいさつをします。
入る時には「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」
最初はよそ者なので「誰だ?こいつは…?」というような目で見られるのですが、きちんとあいさつをして入ると
「どこから来たの?」「熱くない?水をいれようか?」「せっけん持ってるの?」
といろいろ親切にしてくれます。あいさつをすることで、「仲間」だと認めてもらった気分になります。とても温泉に入りやすくなります。

出るときには「お先に失礼します」と、誰かが出たら、みんなで「さようなら」というあいさつを普通にします。この「さようなら」が最初は慣れなくて、すごくこっぱずかしかったのですが、今ではすごくいい言葉だなぁ、と思っています。

能開にもいろいろなきまりがありますよね。
きまりが守れなくて怒られた人もいるのではないでしょうか?
「なんでこんなきまりがあるんだよ…。めんどくさいな~」と思ったことはないですか
なぜ、きまりがあるのかと言えば、温泉と一緒で、みんなが気持ちよく勉強するためではないかと思うのです。

そして、あいさつは、「ここから勉強に入るぞ!」という切り替えの合図なのだと思うのです。そしてみんな「仲間」として勉強をするからこそ、力がつくのではないでしょうか。

さぁ、新しい年のスタートですね。
元気なあいさつから、はじめていきましょうか!

今日はクリスマスにまつわるお話をひとつ紹介します。それは「三本の木」というお話です。

小高い山のてっぺんに3本の小さな木が立っていました。3本は小さい時からとても仲良し。大人になったら何になりたいかいつも話し合っていました。

1本目の木はきらきら光る宝石でいっぱいの宝石箱になるのが夢でした。2本目の木は大きな船になって遠い外国に行くつもりでした。3本目の木はずっとここにいてみんなが見上げるような高い木になりたいといっていました。「きっとそうなろうね!」と3本の木はいつもはげましあっていました。

それから何十年がすぎました。小さな木たちはすっかり大きくて立派な木になっていました。ところがある日3人の木こりがやって来て木たちを切り倒してしまいます。

1本目の木は、宝石箱ではなく牛や羊にわらを食べさせる「かいば桶」になりました。2本目の木は、大きな船ではなく漁師の小船になりました。3本目の木は材木にされ使い道もきまらないまま放ったらかしにされました。

月日は流れ、三本の木は、自分が何になりたかったのかということなど、とっくの昔に忘れてしまいました。

ところがある日、若い夫婦が家畜小屋にやって来ました。そして彼女はすぐ赤ちゃんを産み1本目の木で作られた「かいば桶」の中に赤ちゃんをそっと寝かせたのです。すると、ひつじかいがやって来て、「この赤ちゃんは神の子のイエスさまだ」と言っています。「かいば桶」になった1本目の木は、「え!ぼくは神さまの赤ちゃんをだっこしているんだ」と、とても喜びました。

さてある日、ある男たちが2本目の木で作られた船に乗り込んできました。彼らが湖の真ん中を漕いでいると激しい嵐が起こりました。すると船に乗っていた一人の男が、風と湖に「静まれ。」と言うとすっかり静かになりました。2本目の木はこの時、すごい人が自分に乗って湖を渡っていることに気づき、とても喜びました。

最後に、ただの材木になった3本目の木は、ある人に引き取られると十字架にされました。そして、ある男がその十字架を背負わされました。3本目の木はこの時、イエスさまの大切なお仕事をお手伝いできてよかった、と喜びました。

三本の木のどれもが、自分が夢に思い描いたような姿にはなれませんでした。しかし、試練に耐えることで彼らの想像を超えた、もっとすばらしい形で彼らの望みは叶えられたのです。

これは、古くからキリスト教で伝えられるお話です。

いよいよ冬期講習会が始まります。勉強をしていると思うようにいかない時もありますが、あきらめずに先生たちと一緒に頑張っていきましょう!!そうすれば、いつかきっと願いは叶うはずです。

この冬は「やる気」と「元気」と「勇気」をもって。

皆さんは、どんなスポーツが好きですか?
野球?サッカー?テニス?卓球?いろんなスポーツがありますよね。好きになると、実際にプレーし、憧れの選手が出てきて、「その人みたいになりたい!」と思う人も多いのではないでしょうか。

先生は、小学生の頃からバスケットボールにはまっていました。当然、憧れのスター選手がいました。その当時、「バスケットボールの神様」と言われたマイケル・ジョーダンというスーパースターがいて、バスケをやってるほとんどの選手がお手本にしていました。
しかし、その当時チビだった先生は(小6で145CM、中3で155CM)、別の選手が大好きで、そのプレーを必死にマネしていました。

その選手は、マグジー・ボーグスという選手です。バスケットは身長が高いと有利なスポーツです。NBA(アメリカのプロバスケットリーグ)の平均身長は190CMくらいなのに対し、この選手は160CMしかありません。しかも、「シューズを履いて」です。NBA史上最も小さい選手です。
はじめチームは、話題づくりのために彼を入団させたのですが、あっという間にチームの中心選手となり、14年間レギュラーで活躍していました。何よりすごいのが、その身長で213CMもある選手のシュートをブロックするわ、ダンクシュート(ボールをゴールに直接叩き込む)はするわで、身長差を感じさせないプレーをしていたのです。

あるとき、インタビューの中で彼はこういうことを言っています。「小さければ、高く飛べばいい。」と。そしてこうも言っています。「小さいことをああだこうだ言っても、ルールが変わるわけじゃないし、急に身長が伸びるわけでもない。だったら、それを凌駕するよう練習すればいいだけさ。」と。チビだった先生は、その言葉を真に受けて、必死に練習しました。おかげでチームメイトにも恵まれ、全国大会も経験できました。

皆さんはどうですか?変えようもない事に文句を言い、努力する手を止めてはいませんか?自分の力で「周り」を変える事は非常に難しい。でも、自分の力で「自分」を変えることはいく分簡単です。もうすぐ冬休み。講習会も始まります。自分のできることを、最大限やってみましょう!

ちなみに、実はこのマグジー・ボーグス選手、今年の9月末に来日しています。そのとき、こうも言っています。
「自分に自信を持ってる人は少ない。しかし自分に自信を持つことは とても大切である。周りにいくら無理だと言われても自分は自分を信じるべきである。」

こう言いきれるだけの努力をしていきたいですね。

一流のプロ野球選手になりたい。有名なミュージシャンになりたい。世間に名を知られる一流の研究者になりたい。一流の大学に進学したい。人にはいろいろな夢があります。その夢を高い確率で実現できる方法が『10,000時間の法則』です。

「どの分野でも、一流になるためには10,000時間の練習(努力)が必要である」

逆に言えば、「10,000時間やり続ければ、どの分野でも一流になれる」ということですね。

ちょっと前に話題になった本に書かれていたので、この法則は知っている人も多いと思いますが
「10,000時間」というのが、なんとも納得できる長さだと思いませんか?

なんでも、プロスポーツ選手や芸術家やミュージシャンなど、さまざまな分野の事例を踏まえて見えてきた法則らしいです。中でも、ビートルズが売れるようになるまでの弱小バンド時代、モーツァルトが独自性の高いコンチェルトを作曲するまでの推定時間、マイクロソフト社の会長であるビル・ゲイツが成功するまでに費やした時間などが有名ですね。

「10,000時間って言われても、想像できないなぁ~」という人のために、どのぐらいの期間が必要なのか計算してみましょう。

毎日3時間やって、およそ9年かかります。(集中することが条件です。)
毎日2時間やって、およそ14年。

どうですか。毎日継続するのが難しい気もしますが、やれない時間ではないですよね。
しかも、10,000 時間経たないと変化がない訳ではありません。継続することで、その能力は常に上昇し、1,000時間もすれば、成果は目に見えてくるそうです。
成果が見えてくれば、あとは続けるのも楽になります。つまり、辛いのは初めの1年間だけですね。
なんとなく、やれる気がしてきたでしょう。

さぁ、あなたはどんな夢をかなえますか?
決してくじけない決意あれば、10年後にその夢はかないます。

これまで有名人と話したことはありますか?

 地元の様々なイベントやコンサートなどで見かけたり、街中や観光地でたまたま出会ったりなどはあっても、直接会話する機会はなかなかないのではないかと思います。

 先生は、7,8年前ですが、女優の小雪さんとそのマネージャーさんの2人を、半日ほどかけて、長崎市内を案内する機会がありました。みなさんのイメージもおそらく同じだとは思いますが、小雪さんの印象は物静かで、ほとんど自分から話をしないのではないかという先入観を持ってお迎えしました。

 はじめの内こそ、初見だったせいもありなかなか話をしなかったのですが、案内が進むうちに、長崎でお勧めの中華料理店はどこなのか、若い人がよく遊びに行くようなお店はどこなのか、さらには通院している東京の歯医者さんの話をしてくれたりなど、中盤を過ぎた頃から、ほぼ一方的に話をしてくるようになりました。最後には、夜になったら宿泊先を抜け出して夜景を見に行きたいと言っていましたが、さすがにマネージャーさんに怒られていました。

 翌日、空港まで送った際に、お礼にということでプレゼントをもらったのですが、何だったのかは内緒にしときます…

 芸能界というのは、とても厳しい世界で、少しでも油断するとすぐに表舞台からいなくなってしまうところです。みなさんがテレビや映画などで見る、華やかな場面だけで生活しているのではなく、その裏には大変な苦労もあれば、そこだけで見せることが出来る本当の自分の姿があるのだと思います。

 よく、『メリハリをつけて行動しなさい』といわれます。それは、常に気を張って生活をしなさいということではなく、姿勢を正さなければならない場面ではしっかりと集中し、リラックスできる場面では、しっかり心とからだを休めましょうということです。

 特に小6、中3の受験学年の生徒にとっては、入試が近づくにつれ、気の張る場面の割合が大きくなってくると思います。これまで多くの受験生を見てきた先生が言えるのは、遊び上手な生徒ほど、土壇場の集中力があるということです。もちろん全員がそうであるとは言えません。ただ、2つの自分をコントロールできる人が、周りに影響されることなく、自分のやるべきことをやれるのではないでしょうか。

 すべての受験生にいえることですが、受験がゴールではありません。受験はハードルです。乗り越えた先には、必ず次のハードルがあります。全力を出し切っての受験ではなく、しっかりその先までを見据えて、メリハリのある勉強を続けていきましょう。