
皆さんは何の科目が好きですか。
先生は歴史を勉強している時が一番楽しいです。
歴史上の偉人たちが実際にこの世界で生きていたことに、不思議さや壮大さを感じます。
今日は皆さんに紹介したい歴史上の人物がいます。
「懐良親王(かねよししんのう/1329年~1383年)」です。
懐良親王は後醍醐天皇の息子であり、南朝の征西大将軍として九州に派遣され、九州における南朝勢力の中心人物となりました。
また、外交力にも長けていました。
明の洪武帝(こうぶてい)は九州の太宰府に何度も使節を派遣し、勅書をもって日本に朝貢するよう要求します。
その内容は「もし明に朝貢しないのであれば、戦争に備えなさい」と、日本を脅して朝貢を強要するものでした。
朝貢するということは、「臣下に下る」という意味です。
これは侵略どうこう以前に、懐良親王にとって、日本人としてのプライドが許さなかったのでしょう。
この勅書は12年もの間に渡りました。
いよいよ我慢が出来なくなった親王は、洪武帝に書簡(返信のお手紙)を送りました。
その内容は、中国古典や儒家の教えを用いたものでした。
「『足るを知る』という老子の教えがあるのに、なぜまだ他国を従わせようとするのか。私たちは孔子・孟子の教えだけでなく兵法もよく知っている。戦うことになっても簡単には負けない。私たちはこれまで争いを避け、和を結ぶことを最善としてきたが、もし戦えば、明が必ず勝てるとは限らない。負ければ、むしろ明の恥になるのではないか。」
(現代語訳、部分要約)
洪武帝はこの内容に憤慨しましたが、蒙古(元)の先例により兵を日本へ送らなかったといいます。
「彼を知り己を知れば百戦危うべからず」という有名な一文があります。
敵を知り自分を知っていれば、百回戦っても負けることはない、という意味です。
この書簡から、相手のことを熟知して戦うことの重要性を学ぶことができます。
皆さん、まずは己を知りましょう。
そして敵を知るのです。
必ず勝機は見えてきます。










