中国では王朝が交代すると前代の歴史書が編纂されます。
有名なものでは【漢書】【後漢書】【魏志】などが教科書にも載っていますね。
それらの歴史書の記述をもとに、当時の社会情勢をうかがい知ることができます。
日本でも【古事記】【日本書紀】なるものが編纂されました。

この歴史書は、未来のために残す“記録”という役割だけではありません。
編纂する側の政治的な正当性をアピールする、ということも大きな目的であったようです。
前王朝がいかにして“徳”を失ったのか、そして当王朝が新たな“徳”を得てその前王朝の代わりに世の中を治めるに至ったのだ、という流れが書かれているわけですね。

ここで出てくる“徳”とは、いろいろな解釈があります。
儒教においては人徳や道徳と言われます。
知恵や技術、体力とは違うようです。
その言葉の定義を明確にすることはとても難しいのですが、考えられるのは、「中華」というとてつもなく広大な土地に暮らす数多くの人々が納得するモノであるということですから、それは言葉で簡単に置き換えられるものではないにしても、その人に無条件でついていこうと思わせるような人格や魅力なのだろうと思います。
ここでは、そのようにとらえておきましょうか。

さて、この“徳”たるものはどうやって備えられるのでしょう。
生まれたときに与えられる先天的なものもあるかもしれませんが、そうではありません。
それよりもむしろ自身の努力によって培われる後天的なものであるそうです。
確かに、その人柄に惚れて、「ついていこう!!」と思わせてくれる人っていますよね?
先生自身は、この“徳”は積み上げるものだと解釈しています。
例えば、道端にごみが落ちているとしましょう。
そこは通り道ではないので誰も見向きもしません。
が、ある人がそのごみを拾ってごみ箱に捨てるところを目撃したとしましょう。
そのある人には徳が積まれるわけです。
だって、その人がもしそのあと困っていたら助けようと思いますよね?
それが“徳”なんですよ。
損得を抜きにして他人から慕われる、そんな人が“徳”を積んでいる人なわけです。

皆さんが成長して大人になる以上、何らかのリーダーにならねばなりません。
その時に自身の方向性に賛同して協力してくれるかどうか、はそれまでに積み上げた“徳”によって決まります。
今は学力とともにこの“徳”もしっかりと積み上げていきましょう。
具体的に何をするかは気にしなくて良いです。
ただ、「徳を積む」と思うことで日々の行動に現れるはずですから。