先生はお風呂が好きだ。
みんなはどうだ?
お風呂が嫌いという人の割合が一番高くなるのは10代の世代らしい。
つまり君たちはあまりお風呂に好意的ではないかもしれない。
しかし、聞いてくれ。

まずお風呂が日本人の文化として根付いたのは江戸時代。
木材の加工技術の進歩、人口爆発によるインフラの統制、潜在的な水/木/温泉の資源の豊かさを背景に、銭湯は庶民の社交場として、また癒しの場としてその社会的価値を確固たるものとした。

先生の理想の銭湯はこうだ。
まずは屋内の湯舟、
源泉と普通の湯(これを真湯という)がほしい。
肌が弱い人もいるからだ。
そして泉質、ここは塩化物泉を推す。(海に近い温泉は塩化物泉になりやすいよ)
熱い塩化物泉、ぬるい塩化物泉、適温の真湯の3つの湯舟にしよう。
洗い場には隣同士を隔てる壁は用意しない。
銭湯本来の社交の場という本質を捨ててはならないと思うからだ。
桶は木製といきたいところだが、ここはケロリンの黄色の桶。
壁面は下部がタイル仕上げ、上部から天井はヒノキの大木で梁を通す。
ここはメンテナンス性よりもお客さんの没入感を優先する。
この銭湯の顔だ。
露天(屋外)は構えないストロングスタイル。
脱衣場は多目的トイレから赤ちゃんの着替え台まで、痒いところに手が届く機能をフルインストール。
床材は竹を使用、竹敷の清潔な空間で日常との切り替えを行う。
番台では入浴券のほかに、コーヒー牛乳やこの銭湯のオリジナルグッズが販売してある。
当然だがキャッシュレスには対応していない。
そんなものを導入するぐらいなら設備投資を行う。
こどもが自分でお金を払うという機会も奪いたくない。
下駄箱は木製の大きな鍵。
お客さんが最初と最後に触れるものだ。自然由来のものを使いたい。
きれいすぎることはない暖簾をかき分けお客さんは日常へと帰っていく。

どうだ?
先生は本気で考えてみた。
まぁ本当のことを言えば銭湯に行くたび毎回考えているが。
ここで伝えたいのは銭湯うんぬんの話ではない。
みんなも本当に好きなことや好きなものの“最高のイメージ”を持ってみてくれ。
すると不思議なことに、どこかの段階でその世界に“他人”が入り込んでくる。
お風呂:お客さん
食べもの:誰が/誰と食べる
スポーツ:競争相手
そして自分のことと同じかそれ以上にその他者のことを考えるようになる。
自分の理想を実現するためには“イメージですら”他者との関りを無視できないのだ。

勉強という分野ではどうだ?
誰かに勝ちたい。それだけだろうか?
もし勉強を通して誰かと関わるのであれば、
それは君の努力する背中が誰かを変えること、
そして勉強できる環境に感謝を忘れないこと。
きっとそういうことだろう。

周囲も巻き込んではじめて理想は実現する。
ならば、まず自分のできることに熱中しよう。
そしてその輪を広げていこう。